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米国通商拡大法232条により2018年3月23日に鉄鋼25%、アルミニウム10%の引き上げを米国が行って以来、エスカレートした米国の制裁での関税引き上げと中国の報復関税の掛け合いは、米国と中国はアルゼンチンのブエノスアイレスでトランプ米大統領と習近平・中国国家主席が首脳会談を行い、米政府および中国外交部が以下の声明を発表し、一旦、落ち着きを取り戻しました。
米中政府声明
①2019年1月1日に、2000億ドル相当の製品に対する関税を10%に維持し、今回は25%に引き上げないことに同意(両国の首脳は新たな追加関税を停止することで合意に達した)。 ②中国は相当量の農業、エネルギー、工業製品およびその他の製品を米国から購入することに同意する予定(新たな改革開放の過程や国内市場の需要に基づいて市場を開放し、輸入を拡大し、米中の経済・貿易に関する問題の緩和を推進する)。 ③強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論する(言及なし)。 ※( )は中国外交部の声明 |
声明では、米国が「非常に成功」としたものの、中国は「経済・貿易で不一致がある領域については、相互に受け入れ可能な解決方法を探すことが鍵」と温度差が伺われます。米国が③の交渉期限を90日以内と期限を定めたことで、米中の次官級の協議(1/7-9)、劉鶴中国副首相の訪米(1/30-31)、中国の旧正月にあたる春節明けの2/11-12に次官級、同月14-15に閣僚級の協議を北京で開催、摩擦解消に向けて両国の話し合いが続いています。
トランプ米大統領の選挙公約には米国の貿易赤字の削減があり、米国の同盟国であっても例外ではありません。米国から見て対米黒字の多い国は2018年10月のデータでは、1位:中国(430億ドル)、2位:メキシコ(71億ドル)、3位:ドイツ(62億ドル)、4位:日本(61億ドル)となっています。
2017年1月にドナルド・トランプ氏は第45代大統領に就任、就任後直ちにTPP(環太平洋パートナーシップ)からの離脱、二国間貿易交渉を進めることを表明しました。同年2月の安倍晋三首相との首脳会談で、マイク・ペンス副首相と麻生太郎副首相とで日米経済対話を推し進めることを決め、4月18日、10月18日の2回の会合が開かれましたが、進展がみられないとして、自動車関税引き上げをちらつかせながら、新たな貿易協定締結への圧力が強まる中、2018年4月18日の日米首脳会談では日本が提案したTPPの枠組みでの交渉は拒否されたことで、茂木敏充・経済再生担当相とロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表で二国間交渉を行うこと、同年9月27日の日米首脳会談では協議期間中は自動車関税を引き上げないことで合意、新日米貿易協議に移行しています。USTRが公表した交渉は22項目にわたり、呼称も日米貿易協定(USJTA)としているのに対し、日本は物品貿易協定(TAG)と呼称し、あたかも少数分野の交渉との印象を与えています。
米通商代表部(USTR)が公表した交渉の22項目(掲載順)
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・物品貿易 | ・国有・国営企業 |
・衛生植物検疫措置(SPS) | ・競争政策 |
・税関、貿易促進、原産地規則 | ・労働 |
・貿易の技術的障害(TBT) | ・環境 |
・物品規制慣行 | ・反腐敗 |
・透明性、公表、行政 | ・貿易救済 |
・通信、金融を含むサービス貿易 | ・政府調達 |
・電子商取引、国境間データフロー | ・中小企業 |
・投資 | ・紛争解決 |
・知的財産 | ・一般条項 |
・薬・医療機器の公正な手続き | ・為替 |
昨年12月22日から政府機関が一部閉鎖(執筆日の2月18日時点では、3週間の暫定予算が成立して、政府機関は再開しています)、米中貿易協語が長引く中で、日米貿易協議は当初の1月開始から2月以降にずれ込む模様です。USTRが示した22項目はどれをとっても簡単ではないですが、この中でドル円相場に直接影響が及びそうなのが為替の項目です。
米国財務省は半期ごと(4月と10月)に連邦議会に「米国の主要貿易相手国の外国為替政策に関する報告書」を提出しており、以下の3条件に該当すると為替操作国に認定され、米国との二国間協議、米国から通貨切り上げの要求、米国に関税の付加などの制裁が行なう可能性があります。
米国による為替操作国認定の3条件
① 貿易収支(過去4四半期合計の対米貿易黒字額が200億ドル以上)
② 経常収支(過去4四半期合計の経常収支黒字額がGDP比で3%以上)
③為替介入の有無(介入による外貨の買い入れが過去12か月間合計でGDPの2%以上など)
日本は、昨年10月の報告時点では、①と②に該当、中国、ドイツ、インド、韓国などとともに監視対象となっています。昨年9月にトランプ米大統領と文在寅・韓国大統領が署名して発効した、米韓改定自由貿易協定(FTA)では、財務当局間で競争的な通貨切り下げを避けることで合意したと米国が発表、韓国は認めていないといった食い違いがありますが、日本にも同様の圧力をかけてくる可能性があります。スティーブン・ムニューシン米財務長官(米政権)が為替条項を強く希望していることは間違いなく、仮に日本がこの条項に同意させられた場合には、円高進行時に直接の市場介入(投機的、一方的な為替変動ではG20でも認められている)はもちろん、通貨安に結び付くような量的緩和などの金融政策も行いづらくなり、市場の円買いが続くことになるかもしれません。
茂木敏充・経済財政政策担当相
東大卒、米国ハーバード大学大学院修了、読売新聞社政治部記者やマッキンゼ-社コンサルタントを経て政界入り。通商産業政務次官や外務副大臣のほか、自民党の幹事長代理や広報本部長、政務調査会長など、選挙対策委員長などを歴任、2018年10月からは経済財政政策担当大臣(現職)として、TPP11(環太平洋パートナーシップ)をまとめるなど、調整力があり、交渉にも強いイメージがあります。頭脳明晰で日米貿易交渉では「クレバーな交渉官が日本にはいる」とトランプ米大統領が評したとの逸話があります。ただ、厳しすぎる面があり、派閥をまとめるなどの人望面の評はそれほど高くありません。
ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表
ジョージタウン大学ローセンターで法務博士の資格を取得、法律事務所に勤務。レーガン政権時代にUSTRの次席代表を務めました。日米貿易摩擦では日本に鉄鋼の輸出自主規制を受け入れさせたことがあり、交渉姿勢は一方的で攻撃的とも呼ばれ、その通商政策は「ライトハイザー主義」とも呼ぶこともあるようです。日本側が提出した提案書類を折り曲げ、「紙飛行機にして投げ返した」との逸話もあるとか。
①円高シナリオ |
農業分野の市場開放が安倍政権の支持率低下を招き、統一地方選挙や参議院選挙区で敗北。 |
②円安シナリオ |
TPPの枠内での合意、自動車関税引き上げ回避、昨年3月に引き上げられた鉄鋼やアルミニウム関税の適用除外範囲の拡大など。または、米国を多国間協議の枠組みに戻す(具体的にはTPPに戻す)。 |
③中立シナリオ |
交渉は合意に至るが、日本が目指していたTPPの枠内に収まらず、米国に一定の譲歩はしたものの、一定の範囲内にとどまったとき(国民の不満が高まらなかったとき)。 |